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AIが切り開く交通事故補償の未来:米国スタートアップ「EvenUp」を徹底解説

米国スタートアップ「EvenUp」のご紹介

今回は、交通事故被害者の補償金を最大化する米国スタートアップ「EvenUp」をご紹介します。このスタートアップは、AI技術を活用して弁護士業務を支援しています。

EvenUpの設立には、共同創業者の切実な個人体験が背景にあります。Ray Mieszaniec氏は、父親が自動車事故の被害に遭った際、適切な補償を受けられませんでした。示談で補償金は20万ドルで決着したものの、後にその金額が本来の正当な請求額を大きく下回っていたことが判明しました。この経験から、他の事故被害者が確実に適切な補償を受けられるよう、補償金計算に特化したAIシステムの開発に着手したのです。

米国では年間2000万人が人身事故の被害に遭っており、適切な補償金が得られないことが深刻な社会問題となっています。EvenUpは、被害者が正当な補償額を確実に受けられるよう、高品質な法律文書の作成を支援します。

 

AIが弁護士業務を効率化する仕組み

弁護士の皆様は、交通事故のご相談を受けた際、カルテから特定の検査項目の数値—例えば「CRP」という炎症マーカーの推移—を追跡したいことがあるのではないでしょうか。
(追記:CRP(C-Reactive Protein)は、体内に炎症や組織損傷があるときに血液中で上昇するタンパク質の一種です。この数値の推移を確認することで、炎症の程度や治療の効果を把握できるため、怪我の重症度を客観的に示す指標として医療現場で広く用いられています。)

通常、資料がデータで適切に管理されている場合や、「弁護革命」のような専用文書管理ソフトをお使いの場合は、全文検索機能で特定のワードを検索して追跡できます。
(追記:「弁護革命」のような専用文書管理ソフトは、民事事件、刑事事件、委員会の資料整理、論文執筆などさまざまな場面で文書を整理・活用する際に有効です。事務所で事件記録を共有するのにも便利で、在宅での業務にも役立つと好評です。)

EvenUpは、このような作業をAIで効率的に自動化します。このようなAIソリューションの性能は、AIエンジンの追加学習の質に大きく依存しますが、EvenUpは大量の身体傷害事例と医療記録を徹底分析することで、GPT-4や他の一般的なLLMを上回る精度を実現しています。

 

Piai と GPT-4 の比較

  • 医療料金の認識: Piaiは、医療料金の認識で95%の正確性を達成(GPT-4の80%)
  • 治療内容の認識: Piaiは、治療内容の認識で91%の正確性を達成(GPT-4の79%)
  • 治療日の認識: Piaiは、日付マッピングで90%の正確性を達成(GPT-4の68%)

(追記:なお「Piai」はEvenUpが独自に開発・使用しているAIモデルで、大量の事故・医療関連データを学習することで、高い認識精度を実現しています。)

このようにLLMに専門知識を学習させる方法についてはさまざまな呼び方がありますが、(追記:本ブログでは「追加学習(fine-tuning)」という表現に絞ります。)弁護士のような複雑な文書を扱う専門職においては非常に有効で、業務を大幅に効率化できます。

 

LLMへの専門知識の組み込み方

AIの追加学習(fine-tuning)の流れを、具体例でご説明しましょう。「準備書面」があるとして、この書面のタイトルは①〜⑤のどれが適切かを考えてみましょう。弁護士の皆様なら、迷わず正解を答えられるはずです。一方、一般の方々に尋ねると、様々な回答が返ってくるでしょう。これこそが、専門知識の有無による違いです。

準備書面サンプル

AIベンダーは、このような具体例を数多く用意します。この場合であれば、「②がタイトルである」というデータセットを作成し、LLMに学習させます。その結果、カスタマイズされたLLMは「この書面のタイトルは①〜⑤のどれが適切でしょうか」という質問に対して、迷わず②と回答できるようになります。

 

大量のデータを学習したAIの実力

EvenUpは、大量の医療情報を収集し、「この資料のこの箇所が治療費を示している」といった形でLLMに反復学習させることで、弁護士と同等の判断能力を獲得しています。以下は、EvenUpのエンジニアがYoutubeで公開したデモ画面の抜粋です。画面下部のピンク色の部分でICDコードを、緑色の部分で怪我の症状など事件における重要情報を認識しています。

デモ画面_ICDコード

(追記:(国際疾病分類コード)とは、WHO(世界保健機関)が定めた国際的な疾病・傷病分類の基準で、特定の病名や症状ごとに固有の番号が割り振られています。)

このように文書から特定の情報を抽出できる(この例では色分けで表示)システムが弁護士と同等の判断精度に達すれば、その専門領域でAIは十分な実用性を持つことになります。

特定の情報を正しく抽出できることは、その情報を正しく理解できることと同義です。AIがこのように正確な理解力を持っている場合、チャット画面を追加することで、極めて的確な応答ができるチャットボットを構築できます。以下はEvenUpのホームページから抜粋したデモ画面です(画質が若干荒くなっていることをお詑びいたします)。画面上部に表示されている「Give me a summary of the case facts(事件の概要を教えてください)」というユーザーからの質問に対し、「Summary of the Case Facts(事件の概要)」以下にAIが回答を提供しています。このように、文書内の重要な情報の所在を理解しているAIに質問できれば、ユーザーが期待する質の高い回答を得ることができるのです。

EvenUpデモ画面の抜粋

相手方の反論予測とAIの推論

さらに、書面の内容を単に要約させるだけでなく、LLM本来の推論能力を活用して、「What factors will the adjusters use to challenge the claim?(相手方はどのような点で申立てに異議を唱えてくるでしょうか?)」といった質問を投げかけることで、反論を予測し、自身の論理展開に不備がないか事前に確認することができます。

EvenUpデモ画面の抜粋_相手方の反論
(追記:ここで言う「相手方の反論予測」とは、主に保険会社の担当者(アジャスター)がどのような根拠やデータを示して補償金額を抑えようとするのかをAIが事前にシミュレーションすることを指します。予測した反論に対し、あらかじめ資料や論拠を整備できるため、大変有用です。)

以上が、交通事故被害者の補償金を最大化する米国スタートアップ「EvenUp」の事例紹介と、LLMを活用した弁護士業務効率化の一例です。裁判資料・医療記録を扱う専門職である弁護士だからこそ、こうした分野特化型AIソリューションの活用は、今後ますます重要になっていくでしょう。