弁護士のためのRAGとEmbeddings解説
はじめに
法律実務では、契約書や訴訟関連の文書など、大量のテキストを正確かつ効率的に扱うことが求められます。最近では、ChatGPTなどのLLM(大規模言語モデル)を活用した文書作成支援が注目を集めていますが、LLMのみでは得られる情報に限界があります。
そこで登場したのが「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」という技術です。RAGは、より新しい情報や網羅的な知識をAIに取り込むことを可能にします。また、RAGを支える「Embeddings」という技術によって、関連性の高い情報を正確に検索し、LLMの回答の質を向上させることができます。
本記事では、RAGの基本的な考え方とEmbeddingsの役割について、初心者にもわかりやすく解説します。弁護士をはじめとする法律実務家の方々が、AIをより効果的に活用するヒントとなれば幸いです。
1. LLMとRAGの違い
ChatGPTなどのLLMは、大量のテキストを事前に学習し、その知識をもとに文章を生成します。しかし、この仕組みには限界があります。LLMの知識は訓練時点のデータに固定されているため、(例えば)新しい法律改正には対応できません。また、特定の専門知識や企業独自の情報もカバーできない場合があります。
RAGは外部データベースを利用して情報を取得するため、LLMが学習データとして持っていない新しい知識や専門的なデータにアクセスできます。外部データベースには最新の法令データベースや、企業が内部で管理する契約書、マニュアルなどが含まれます。そのため、従来のLLMでは難しかった「最新の法律に基づく回答」や「企業固有の情報を踏まえた回答」が可能になります。
2. Embeddingsとは?
2-1. Embeddingsの概要
RAGの仕組みを理解する上で欠かせないのが「Embeddings」という技術です。Embeddingsは、テキストを数値のベクトルに変換する技術で、人間にとって意味のある単語をコンピュータが処理しやすい形に変換します。例えば「契約書」や「合意書」という単語は、コンピュータにとっては単なる文字列ですが、これらを一定の規則に従って数値ベクトルに変換することで、両者が似た意味を持つ単語だとコンピュータが認識できるようになります。
2-2. 単語を座標に置き換えるイメージ
Embeddingsを用いると、「契約書」という単語がある空間内の座標に配置され、近い意味を持つ「合意書」もその近くに置かれます。このように単語を空間上の点としてプロットすることで、「どの単語とどの単語が似ているか」を数値的に計算できます。つまり、単語同士の距離が近いほど、意味的に類似していると判断できます。
2-3. Embeddingsの具体例
Embeddingsをより理解しやすくするため、法律用語を例に挙げてみましょう。「契約書」と「合意書」という単語があるとき、これらをコンピュータが理解するには数値ベクトルに変換する必要があります。以下は仮の数値例です:
- 契約書:0.45,0.30,0.75,...
- 合意書:0.46,0.29,0.74,...
このように各単語を数値ベクトルに変換することで、コンピュータはこれらの単語の「意味の近さ」を計算できます。具体的には、ベクトルの類似度を求めることで、二つの単語がどれだけ似ているかを判断します。
例えば:
契約書⋅合意書 = 0.98
この結果が1に近いほど、二つの単語は意味的に近いことを示します。
3. Embeddingsを使ったRAGの仕組み
RAGが外部データベースから必要な情報を探す(Retrieval)際に、Embeddingsが重要な役割を果たします。実際のフローは次のように進みます。
テキストの分割
まず、契約書全体をチャンク(小さなセクション)に分割します。「序文」「目的」「契約期間」「解約条件」など、各セクションに分けることで、契約書の内容を細かく分析できます。
ベクトル化
次に、各チャンクをベクトルに変換します。ベクトルとは、単語やフレーズを数値の集合に変換したもので、その数値がその単語やフレーズの意味を表します。以下に例を示します:
- 序文:0.12,0.45,0.67,...
- 契約の目的:0.34,0.56,0.78,...
- 契約期間:0.23,0.45,0.89,...
- 解約条件:0.67,0.56,0.45,...
このようにして、各チャンクが数値ベクトルに変換されます。
質問のベクトル化
ユーザーの質問もEmbeddingsでベクトル化します。例えば「この契約の目的は何ですか?」という質問が(0.31, 0.52, 0.71, ...)のように変換されると、質問と各チャンクのベクトルを比較して、最も関連性の高いチャンクを判断できます。
類似度の計算
チャンクと質問のベクトル類似度を計算し、最も関連性の高いチャンクをLLMに渡して回答を生成します。例えば:
- 質問:0.31,0.52,0.71,...
この質問ベクトルと、契約書の各チャンクのベクトルとの類似度を計算すると:
- 序文・質問 = 0.65
- 契約の目的・質問 = 0.92
- 契約期間・質問 = 0.58
- 条件・質問 = 0.47
- 署名欄・質問 = 0.35
この結果から、「契約の目的」が最も関連性が高いと判断され、このセクションがLLMに入力され、最終的な回答が生成されます。
4. RAGがもたらすメリット
RAGを使用することで、まず最新かつ正確な情報を容易に取得できます。例えば、改訂されたばかりの契約書の条文や、新しく成立した法令データベースの内容をシステムが自動的に参照できるため、LLM単体では追いつけない新しい情報にも対応できます。また、企業独自のマニュアルやガイドラインなど、一般に公開されていない内部情報を参照して回答を生成できるため、専門分野での検索精度が向上します。さらに、Embeddingsによって単なるキーワード一致ではなく「意味上の近さ」を判断できるため、ユーザーの質問により的確な回答を提供できます。
RAGとEmbeddingsを組み合わせることで、LLMの学習データだけに依存せず、外部データベースから取得した最新情報や専門知識を回答に反映できます。これにより、契約書レビューや法律相談などの場面で、より正確で豊富な情報に基づくサポートが実現できます。初学者の方も、一つひとつの手順や概念を理解することで、AIがどのように情報を検索して回答を生成しているのかが見えてくるはずです。ぜひ、本記事を参考にRAGやEmbeddingsの活用を検討してください。